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★ショートストーリー「カリムの苦悩の日々」
(文:YOSHINO)
ここはシャムス王国。砂漠の地である。 この国の王宮には現在二人の王子がいた。アシュラフ王子とハキム王子である。果たして二人のうちどちらが時期王に選ばれるか、国民の関心は専らそこに集中していた。 ハキム王子は逞しくて男らしく、アシュラフ王子は麗しく中性的。タイプは全く違えど、彼らには「遊び好き」という共通した悪い噂がある。真偽を問うには国民と王族の隔たりはあまりに厚く、噂ばかりが一人歩きしている状態だったが、人の口に戸は立てられない。厳しい土地柄に於いて噂話は数少ない娯楽のひとつであるから、砂漠の民達は声を潜めつつ好き勝手に囁き合っては嘆き、憂い、そして新国王の誕生と活躍に期待を抱かずにいられなかった。 そんな国民達よりも更に深く二人の王子を気に掛けている人物がいる。名をカリムという。彼は王子に仕える側近であった。常に彼らに付き添い、身の安全を守り、気を配り、献身的に働いている――のだが。 (……私は時々、自分がこの二人のお守役なのではないかと思う時がある) カリムは軽く額を押さえた。 広い王宮の、広い食堂。長テーブルの中央の席では件の王子達が肩を並べている。 いつもならば食事の時間は美しい踊り子達が華麗な舞踏を披露したり宮廷楽団が賑やかな音楽を奏でたりするのだが、今日の彼らはそういう気分ではないらしい。他の者を入室させず、二人きりでの食事となっている。 いつ声を掛けられても対応できるように、カリムは気配を殺してドアの前に立って控えていた。いや、実際のところは二人を見張っているといった方が正しい。 アシュラフは頬杖をつき、皿の中の何かをさっきからフォークの先で突いている。食欲はあまり無さそうだ。ハキムはといえば食欲旺盛なのは大変結構なのだが、困った事に好きなものにしか手を付けない有様だ。 カリムは二人の後ろ姿を眺め、眉間の皺を深めた。時間が気になって仕方ない。というのも、午後から大切な会議が控えているからである。予定の時刻はすぐそこまで迫っていた。時間に正確な大臣達は会議室に集合し終え、王子達の到着を今か今かと待ち受けている頃だ。 それなのに、肝心の王子達は一向に席を立とうとしない。 いつもに増してゆっくり時間を掛ける理由に、カリムはおおよその見当がついていた。恐らく……いや、間違いなく、会議に出たくなくて時間稼ぎをしているのだ。 できるなら、彼らの自主性に任せたい。日頃から「口うるさい」と不満を言われているだけに、あまり差しでましく口出しはしたくなかった。しかし、このままだと会議は流れてしまう。そうなったとしたら非を咎められるのは「見張り番」であるカリムになる。王子達から不興を買うのを恐れる一部の者達は、カリムというワンクッションを用いる事が少なくなかった。 自由で気紛れな王子達のフォローに回るのはもう慣れている。昔からそうだった。それこそ、幼い頃から。 (仕方ない……か) 溜め息を吐き、カリムは静かな歩みで王子達の方へ近付いた。二人のすぐ背後に立つ。 「お食事中に失礼致します。そろそろ会議が始まる時間ですが……」 「見て分からない? まだ食事中だよ」 アシュラフがアンニュイな動作でカリムに視線を流す。本人は食事中と主張しているものの、その態度は食べる事をとっくに放棄しているとしか思えなかった。彼の前に置かれた皿の、片端にはグリンピースがちょっとした山を作っている。さっきから何をしているのか不思議に思っていたが、苦手な食材を徹底的に選り分ける作業に勤しんでいたらしい。 「アシュラフ様……好き嫌いはどうかと思いますが」 「僕、グリンピース嫌いー」 「嫌いなのは知っていますが、もう子供ではないのですから……」 「子供じゃないからこそ、嫌いな物を無理して食べなくても良いんじゃないの? もう大人なんだしさ、嫌な事をわざわざ我慢しなくてもいいじゃない」 「詭弁です。大体食べる気もないのに食べ物で遊ばないでください」 「カリムはせっかちでいけないねぇ。これから食べるんだよ」 「……料理はとっくに冷めきっていますが」 「そうだねぇ。それじゃ温め直してもらおうかな」 「温め直すのか? なら、こっちも頼む」 ハキムが会話に割り込んでくる。そちらを見遣り、カリムは頭を抱えたくなった。彼の前の皿には大量の骨が積まれてある。さっきから他の料理には一切目もくれず、骨付き肉ばかり食べているのだから当然だ。 「……栄養が偏ってしまいますよ」 「俺は肉が好きだ。肉を食っておけばまず間違いない」 根拠の無い自信を漲らせ、ハキムがニヤリと笑う。 「で、ですが、他の料理にも手を付けて下さらないとシェフが泣きます」 「シェフには悪いが今日は肉の気分なんだ」 アシュラフと違い、彼の場合は悪気が無いから余計に始末が悪い。カリムは低く唸った。 「お言葉ですが、温め直す時間がありません。大臣達が待っているんですから」 「カリムのケチ。じゃあ別にいいよ、このままで食べるから」 「ケ、ケチ?」 「この肉は冷えたままでも美味いから我慢してやる。しかし融通が利かない奴だな」 「融通が利かない……?」 二人の為を思って厳しくしているのに、酷い言われようである。 彼らはいつもこんな調子だった。特に今は室内にカリムしかいないせいか、飾らない素のままの性格が出ている。まるで大きな子供のようだ。 不条理な抗議を受けるのは毎度のこと。呆れつつも冷静沈着に受け流すのがいつものパターンだったが、 「これ邪魔。僕いらなーい」 アシュラフがフォークの先で弾いたグリンピースがハキムの肩に当って弾き返され、カリムの額を直撃した。 この思わぬ二次被害がカリムの怒りに火を付けた。くだらなければくだらないだけ、余計に腹立たしい。何が悲しくてグリンピースの砲弾を受けなくてはならないのか。 「……分かりました」 カリムは床に転がった緑色の玉を拾い上げ、淡々と告げた。 「そんなにゆっくり食事をなさりたいなら、ここにある料理を全て食べ終わるまで部屋から出しません」 その言葉に、アシュラフとハキムは顔を見合わせた。次いで、改めてテーブルの上を眺める。 テーブルにはシェフが腕によりを掛けて作った大量の料理が所狭しと並んでいる。スープ、野菜、果物、肉。好きな物を好きなだけ、そして目でも楽しめるように、という配慮の元に作られているから、残されるのは承知の上での量であった。当然ながら、二人で食べ切るには多過ぎる。 「思いきった事を言うね。これ全部食べろっていうの?」 アシュラフが呆れたように首を傾げた。 「大食いか。今まで挑戦した事がなかったな、そういえば」 ハキムはまんざらではないようだ。腕まくりをして、新たな骨付き肉を手に取る。 「まいったなぁ。でもカリムがそう言うなら頑張ってみようかな。その代わり、会議には出られなくなるけどね」 「えっ?」 カリムはハッと我に返った。 アシュラフの言葉を受け、ハキムも頷く。 「当たり前だろう? これを食べ終わるまで、少なくとも夜まで掛かる。それまで公務はお預けだな」 「えぇっ? アシュラフ様? ハキム様?」 「いやぁ、ハキム。怒ったカリムは怖いねぇ」 「そうですね、兄上。これ以上カリムを怒らせないよう、ここは俺達が犠牲になるしかないですね」 「大臣達には悪いけど、こうなったら仕方ない。今日の会議は中止だ」 「カリム、そういうわけだから大臣達に伝えておいてくれ」 「はぁ?」 哀れな被害者めいた台詞を言いながら、二人はニヤリと笑う。作戦成功と言わんばかりに。 (の、のせられた……っ!) 自分の迂闊さを悔やんでも既に遅い。一体いつから始まってどこからが罠だったのやら、王子二人は会議に出ずに済む運びとなってしまった。前言撤回をしようにも、この調子では聞き入れてもらえそうにない。 「……分かりました、大臣達に報告してきます。その後は部屋の外で待っていますから食事が済みましたらお呼び下さい……」 声が掛かるのはきっと夜になってからだろう。それまで二人は呑気にお喋りでもしてゆっくり過ごすに違いない。もちろん、料理には手を付けずに、だ。 がっくりと肩を落とし、カリムは部屋を出た。してやられた悔しさと同時に、大臣達から大目玉をくらう羽目になってしまった事で気が重い。 (いつか、あの二人をどうにかできる誰かが現れてくれないだろうか……) そう願わずにはいられない。簡単には叶えられそうにない望みではあるだろうけれど。 ドアを閉める寸前、王子達の漏らす楽しそうな忍び笑いを、カリムは聞いたような気がした。 END
★マスターアップ記念イラスト〜。
★ウィルが王宮ハレムに来る前のワンシーンイメージ。
★特典CDだからできちゃう、兄弟の濃厚キスシーンは必聴です♪